abstract

「映像」と聞いた時私たちは何を想像するだろうか.多くの人は映画,モニター,スマートフォン,プロジェクターなど様々な装置で観るものを想像するだろう.しかし実は,これらはすべてピクセルで構成されており静止画が高速で切り替わる,同じ構造をもった映像である.このように現在の「映像」の概念に対する認識は固定化されていると言える.作者がVJ/映像作家として映像を作るとはどういうことかを探求する過程においての様々な取り組みも,同じくビデオプロジェクターなどの固定の枠組み内でおこなうピクセルの操作でしかなかった.このような状況を背景に,ピクセル表示やベクタースキャン表示,光学現象などの投影手法を遷移していく修士作品「spring」を制作した.この作品は,本作品を通して作者自身が現在固定化された映像について再考するとともに,インスタレーションとして鑑賞者に映像が固定化される以前の様々な可能性を示唆するものである.

本作品では,単一レーザー光源のスポットがゆるやかに移動していき,ろう石やテープ,液体,バネやモーターなどを用いて制御した様々な表示機構を有するモジュールにより変調された像が壁に投影される.メディウムが固定化される以前の様々な可能性を体験することで,既存の固定化された映像やその他の概念の関係性を再構築する契機となることを目指した.

What do we imagine when we hear the word “video”? A lot of people would imagine scenes in various devices such as movies, monitors, smart phones, and projectors. But these are images composed of pixels with frame rates. Recognition of the concept of “video” is fixed. As a VJ / visual artist, in the process of researching what making a video is, I performed as a VJ with my own footage that reacts to sound. Also, I distributed many HD VJ loops for free over the Internet for other VJs to save time when they make their own footage. But my activities were just the operation of pixels with a “video projector” medium. In the context of this situation, video is reconsidered through the process of making the Master’s work “spring” which displays various methods of video projection such as pixels, vector scanning, and optical phenomena, and is also suggested to viewers as an installation.

In the work “spring”, with the spot of a single laser light source moving over a span of time, the image is affected by the modules with various display mechanisms and is projected on the wall. Thus this work gives the opportunity to reconstruct the view of relationships between videos and many other things.

detail

configuration

本作品は光源のモジュール1つ,光を変調する機能を有したモジュール6つにより構成される.はじめに光源が徐々に明るくなり,その後各モジュール「石」「バネ」「テープ」「ベクタースキャン」「ラスタースキャン」「液面」という順番に光源のスポットは遷移していく.最後は逆方向への遷移で光源が「石」まで戻り,光が徐々に暗くなり終了する.この流れを繰返すインスタレーションである.それぞれの光変調モジュールのタイムラインは90秒で構成され,計10分間で一巡する.

block diagram

図のブロックダイアグラムのように,各モジュールにはマイコンベースのコントローラが取り付けられており.PCと接続された同期コントローラがシリアル信号のやりとりによりその駆動のタイミングを切り替えている.PC側のソフトウェアはopenFrameworksにより作成されており,タイマーによって同期コントローラにシリアル通信する機能,特定の周波数を液面反射モジュールに出力する機能,ベクタースキャンモジュールにベクターデータを送信する機能,タイマーで処理をリセットしてインスタレーションがループ再生するための機能を有している.

ishi

「石」は,パラフィンを彫刻した石型のオブジェにレーザー光が当たることで石が光る様子を表現したモジュールである.光は石の内部にまで屈折・拡散を繰り返しながら入り込み,石が照らされた様子は石自体が光っているのかと見紛うほど均一に光を放つ.そしてレーザー光特有のスペックルノイズによって石表面や周辺の光はレーザー以外のもつそれとは異なったザラついたテクスチャをもつ.このやや謎めいた光る石の徐々に変化する明滅の間隔は,最初は10秒間であったのが,ゆるやかに短くなっていき最後には1秒間に10回ほど点滅するようになる.その間には蛍の光,あるいは現代のフラッシュライトの点滅などの光や,呼吸や鼓動のリズムとの同期,高速の点滅では胸の高鳴りや不安感など,様々な既視感に鑑賞者を誘うことになる.この過程によって鑑賞者へ投影装置に於ける光源,つまり映像史の実践においてのランタンの存在への意識を促す.

bane

バネにより固定された鏡が2枚ねじれの位置に取り付けられており,自動化された治具により弾かれる.「バネ」はその機構にレーザー光が照射されることにより反射光が横方向,縦方向に動くため,結果としてリサージュ図形を描きながら徐々に減衰する様子を見ることができるモジュールである.

バネは,クロノフォトグラフの実践を鑑賞者に体験させる.マレーは「連続的な翼の動きを表現する一連の鳥の行動が撮影できる銃のような装置を考えていた」という.鑑賞者は光の点の動きを視野の中央で追い続けるのではなく,むしろその点の軌跡が描く形を強い残像効果を利用して見ることになるが,これはまさしくマレーのいう「一連の鳥の行動が撮影できる写真」であり,鑑賞者はバネを通してクロノフォトグラフを行為しているのである.

tape

「テープ」はセロハンテープを数枚,折りたたみながら重ねた部分にレーザー光を屈折・反射・透過させることで像を形成するモジュールである.壁面にはテープの最表面で反射した像や,透過・屈折したのちに反射した像が様々な方向に向けて投影される.鑑賞者はテープのごく小さい反射面の形状,またそのテープの持つ粘着面の素材の凹凸や屈折の度合いなどに意識を向けながら,切り取られて広がった空間の中ををレーザー光のスポットとともにゆるやかに移動していくことになる.さらに,シーケンス内ではスポットに移動速度を急加速させたり,また逆方向に移動させたりすることで鑑賞者に疾走感を与える.

このモジュールはニコラ・シェフェールの実践を鑑賞者に体験させる.フランスの彫刻家であるシェフェールは1948年以降,光と運動を伴う造形作品を発表する.その後,映像と音楽の視聴覚的共演を実験し,モホリ・ナジの造形手法に加えて反射板などによる動く光の効果やそれに伴った音を楽しむ作品群(Cyspe(1959)やLumino variations(1969)など)を展開していく.造形物の反射光で時間軸を構成するこのテープの像は,映画とは別の系譜で動きのある造形について探究した彼らのライトアートの系譜に位置付けられ,鑑賞者はその歴史を辿ることになる.

vector scan

「ベクタースキャン」はガルバノスキャナによる任意のベクター像を映し出すモジュールである.バネとは異なり角のある図形を描くことも可能であり,本作品では回転する多角形を描画している.信号はilda信号により通信しており,任意の映像をベクタースキャンで描くためにopenFrameworksのアドオン(ofxIlda, ofxetherdream,ofxCV)を使用している.ベクタースキャン単体はフレームワークベースで制作されているが,ベクタースキャンもバネモジュールと同じように2つの軸の鏡が高速で動くことで形を描いている.鑑賞者は,1950年代に発明されたのち1970年代に普及したベクタースキャンによる描画の仕組み自体に参与し,またバネのような機構からベクタースキャンまでの進化を観ることになるのである.

raster scan

「ラスタースキャン」は横軸方向に回転するポリゴン型で高さ5mmの14面ミラー(レーザープリンタ用) と,レーザーカッターで自作した,縦軸方向に回転するポリゴン型で高さ70mmの14面ミラーによってブラウン管のような走査線を出し,レーザーのパルスによりランダムなピクセルを表示するモジュールである.ピクセルは,今日の固定化された映像を成す重要な構成要素である.ラスタースキャンではまず横軸方向用のモーターが回転して横線が描画され,次に縦軸方向用のモーターが回転し,四角形のフレームが生成される.これによって段階的に走査線の動きやパターンの原理を鑑賞者は知ることができ,2016年現在は売られていないブラウン管テレビにおけるピクセルの概念を確認することになる.

ekimen

「液面」は白濁色の液体が入った小さなカップの底面にスピーカーを配置し,共鳴する2つの周波数を与えることで,サイマティックスを起こし,液面に照射されたレーザー光の反射光を歪ませることでパターンを操るモジュールである.この像は光を反射させて得る像という意味ではテープと同様であるが,テープがスポットを移動することで像を描いていたのに対し,反射面自体の形状を変化させることで描いている.

サイマティックスを用いた表現は物理学,化学,水力学を用いたPhenomena artに分類される.ハンス・ジェニーは1970年代に周波数発生器の上に置いた鉄板に周波数を与え,パターンを創出する実験を編み出し,サイマティックスという用語を生み出した.風などの自然のままの液面の揺れではなく,特定のバターンに変化し再現する像によって,鑑賞者は周波数による自然現象の制御やその関係性を研究した彼の実践を体験することになる.

movie

exhibition

paper